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AI就活はあり?なし? 石橋たたくスイス企業AI

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キャリア設計でAIの果たす役割はますます大きくなっている Keystone

就職や転職の現場でAI(人工知能)の影響力が急速に拡大している。その一方で、偏見やプライバシー侵害といった懸念も浮上し、企業の対応が問われている。AIが全てを決める時代に、私たちはどこまで機械に判断を委ねるべきなのか?スイス企業の実情を探った。

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企業、リクルーター、求職者――。競争に勝ち抜くためなら、今や誰もがAIを活用している。人事部門で使われるアルゴリズム(問題を解決するための手順やルール)は多様だ。求人応募を作成し、送られてきた応募書類をふるいに掛け最適な候補者を選んだり、従業員に足りないスキルを特定し、それを補う研修プログラムを提案したりできる。

履歴書や志望動機書を作成する際、AIを参考にする人も多いだろう。遠隔ビデオで採用面接や試験を受ける場合、適切な受け答えができるようリアルタイムで支援するアプリまで存在する。

そんな今、AIのデメリットがメリットを上回る転換点があるという認識が広まりつつある。どんな仕事でも、その中核にあるのは人間だ。自らの直感で意思決定し、関係を築いていく必要がある。米新興AI企業アンソロピックでさえ、求人応募の際にAIをあまり使わないよう求職者に求めたと英紙フィナンシャル・タイムズは報じた。

技術分野における多様性の促進を目指す「ISACA財団」(2020年設立)のリアナ・メルチェンコ理事は「機械で機械に対抗しても、人材不足の解消にはならない」とswissinfo.chに語る。

「雇用側はそれに気づき始めている。今では創造的な考え方や、複雑な問題に対するアプローチ方法、そして学習能力の有無や、感情を理解し管理・活用する『感情知能』といった能力により注目するようになった。求職者の最も価値あるスキルは『人としての資質』だ」

仕事が根本的に変わる

AIの導入により、プライバシーの保護や、機械は従業員に共感を示し尊厳を守れるのかといったデリケートな問題も発生した。

例えば米IT大手アマゾンは2018年、同社が開発したAI搭載の人材採用システムに女性を差別するという機械学習面の欠陥が見つかったため、運用を取りやめた。

≫スイスの職業訓練生、自動化されにくい職業を選ぶ傾向

また、ビデオの顔画像から人の感情を認識するAIの利用は、デリケートな個人の領域に機械が足を踏み入れることへの不安をあおっている。

こうした背景から、従業員の採用や監視を巡るAIの影響をどう管理すべきかという議論が世界中で行われている。

スイスの通信・メディア労働組合シンディコムは2月の声明で、昨年発効した欧州連合(EU)のAI法を非加盟国のスイスも採用するよう要求した。世界初の包括的なAI規制である同法には、個人データの保護措置や、職場におけるAIがいつどのように使われているかの完全な開示、そして人の感情を認識するシステムの禁止などが含まれる。段階的に施行され、2026年に全面適用の予定だ。

シンディコムの情報通信テクノロジー部門の責任者を務めるダニエル・ヒュグリ氏は「AIは仕事の世界を根本的に変えようとしている。労働者の権利を守るため、またAIシステムを導入する際に従業員にも発言権が与えられるよう、規制をより強化する必要がある」とスイス連邦政府に早急な対応を求めた。

スイス企業のAI導入、いまだ慎重

AI規制に向けたスイスの歩みは、遅々として慎重、かつ独自だ。人権保護の分野で国際社会を主導する欧州評議会(本部・仏ストラスブール)が採択したAIに関する世界初の国際条約「AI並びに人権、民主主義及び法の支配に関する欧州評議会枠組み条約」にはスイスも署名したものの、それに適応した改正法がスイスで成立するまで、少なくとも2年はかかるとみられる。

連邦環境・運輸・エネルギー・通信省通信局(OFCOM)が2月に発表した報告書によると、EU領域内で営業するスイスの企業や機関は、自動的にEUのAI法の規制対象となる。

AI倫理の国際ルール作り スイスは米欧・中国の架け橋になれるか

スイスでは、職場におけるAIツールがようやく注目され始めたばかりだ。swissinfo.chが小売大手のミグロ、製薬大手のノバルティス、通信大手のスイスコム、食品大手のネスレなどスイス企業に取材したところ、AI技術を段階的かつ慎重に導入している姿が浮き彫りになった。

例えばスイスの小売最大手ミグロは、メッセージングアプリ「WhatsApp」上で職業訓練の募集について学校卒業者向けの対話型チャットボットを開発した。ツールを使えば職業訓練の募集内容について詳しく調べられるが、選考には影響しないという。

AIの利点

ネスレの広報担当者は「従業員の採用にあたり、当社は今も人間的な要素を重視している。もしAIソリューションの使用が認められた場合、それが本当に目的に見合うものか入念にチェックする」と話す。

企業は慎重な姿勢をとりつつも、責任を持って使えばAIが効率アップにつながることも認識している。スイスの総合人材サービス企業大手のアデコは最近、米テクノロジー企業ブルホーンが開発したAI搭載の採用ソフトウェアの使用を倍増した。

AI搭載の採用ソフトは、大量のデータの中から人間が見落としがちなパターンを素早く割り出せる。こうして見つけた点と点を結びつけ、人間の担当者との「対話」を通し改善策を提示する。

2022年5月までスイスのAI開発企業ヴィマ・リンク(Vima Link)で最高経営責任者(CEO)を務めていたギレーヌ・クヴルール氏は、企業も労働者も、適切な訓練を受けたアルゴリズムのメリットを活用すべきだとした。

機械は人間に奉仕すべき存在

同社は、性格の特徴や、コミュニケーション能力やチームワーク、リーダシップといったソフトスキルを特定するツールの開発を専門としていた。採用が主な使用目的だったが、ガバナンスの問題で軌道に乗らず、2023年に倒産した。

AIリスクから従業員を守る措置 スイスはEUに遅れ

クヴルール氏は、昨年8月に発効したAI法など、EU規制への対応を迫られていたら、同社が直面するハードルは更に高くなっていただろうと認める。

だが、このテクノロジーは必ずポジティブな利益をもたらすという確信は今も持ち続けている。AIのリスクを軽減し、適切なアウトプットを得るためには、テクノロジーが慎重に構築され、ヴィマ・リンクが設立した倫理委員会のような十分なチェック機能が必要だとした。

「これは従業員や管理職が、できるだけバイアス(偏見)を取り除いた状態で、自分のパフォーマンスや、自分が他者からどう評価されているかを理解する手助けになる。人の役に立ち、人の体験を向上させて初めて、AIシステムには意味がある」(クヴルール氏)

こうしたシステムが客観的であると従業員に納得させることも、AI開発者が今後取り組まねばならない課題だ。

編集Gabe Bullard/sb、英語からの翻訳:シュミット一恵、校正:ムートゥ朋子

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